William Dudley氏 基調講演: 米国経済回復は継続、インフレは一時的

ニューヨーク連邦準備銀行の前総裁William Dudley 氏は、野村インベストメント・フォーラム・アジア2021で基調講演を行った

  • 大規模な財政出動が実施された米国では、個人消費を牽引役に回復が進むという極めてまれな経済環境にある
  • 2021年も後半に差しかかり、財政刺激策の効果が薄れはじめる中、個人消費の堅調がどの程度続くかは注視が必要だ
  • 労働市場に大幅な緩み(スラック)が生じている現状を考えれば、インフレは一時的なものとなる可能性が高い

米国経済の現状

経済活動再開の動きとワクチン接種が加速する中、米国経済は急速な回復を遂げている。しかし労働市場が危機発生以前の水準に戻るには、まだ時間がかかるだろう。雇用者数は依然として、パンデミックの影響が深刻化しはじめた2020年2月の水準を約800万人下回っている。前向きな数字も出はじめているが、本格的な景気回復への道のりはまだ長い。現在見られる懸念材料の一つは、通常の景気回復局面よりも早く物価圧力が高まっていることだ。今回の景気回復は、個人消費が牽引しているという点が特徴的で、金融危機からのそれとは大きく異なる。2021年も後半に差しかかり、財政支援の効果が薄れはじめた今、個人消費の伸びがどの程度景気を支え続けていけるか注視する必要がある。

財政政策

家計部門の高い貯蓄率やバランスシートの強さを考えれば、回復基調は大方の予測よりも長期化する可能性が高い。金融政策においても最大限の景気刺激策が実施されているため、米国経済は急速なペースで回復しつつある。コロナ禍での各国経済の回復ペースにばらつきがあるため、回復が先行する米国にとっては輸出入の回復の遅れや貿易赤字の悪化が短期的には見られるかもしれない。しかし2022年を迎える頃には、他の国々でもワクチン接種が進み、力強い景気回復が見込めるだろう。

先ほども触れたとおり、私は財政支援の効果が減少した後も景気回復が続くと考えている。ただし、今後を見通す上で大きな不確定要素となるのは、米国議会上院での議席数が共和党・民主党50対50で拮抗している状態でバイデン政権がどの程度法案を通過できるのかという点だ。同政権が打ち出したインフラ投資計画ですらも議会調整が難航する可能性があり、議会上院の状況を踏まえると今後の財政支援は予断を許さない状況といえよう。

インフレリスク

米連邦準備制度理事会では今回の物価の上振れは一過性との見解を示している。経済活動再開が急ペースで進む中、労働力や財・サービス需給の正常化が追い付いていないと見ているからだ。

インフレ長期化のシナリオでは、リソース、つまり労働市場の逼迫が続くなど、いくつかの兆候が条件となる。しかし雇用者数が依然としてパンデミック前の水準を約800万人下回る現状では労働市場に緩み(スラック)が残っておりインフレが長引くとは考えにくい。

また民間セクターの賃金上昇率が対前年比2.8%と緩やかな水準で推移していることからも、インフレが深刻化する可能性は低い。

さらに言えば、固定利付債と物価連動債の利回り格差から算出される期待インフレ率は30〜40ベーシスポイントの上昇にとどまっている。過去数ヶ月で急激に上昇したのは確かだが、過去10年間の平均値と大きく変わっていない。こうした要因を考えれば、インフレが長期化する可能性は低いだろう。

期待インフレ率が上昇し続ければ懸念材料となるが、現状レベルにとどまる限り深刻な影響を及ぼすことはないはずだ。