カーボンプライシングと経済成長・企業価値

「野村サステナビリティ・デー」で開催されたパネルディスカッションのまとめ

野村證券は2021年10月5日、『野村サステナビリティ・デー』の一環としてカーボンプライシングのポテンシャルと取組みの現状・課題について検証するパネルディスカッション『カーボンプライシングと経済成長・企業価値』を開催した。

このディスカッションでは、野村證券・経済調査部長 チーフエコノミスト 美和卓がモデレーターを務め、早稲田大学政治経済学術院 有村俊秀教授野村證券経済調査部 岡崎康平がパネルに参加した。本稿ではその主な論点について振り返る。

カーボンプライシングと経済成長

近年世界的な広まりを見せるカーボンプライシングは、経済活動に対する一定のコスト負担を伴うため、成長へのマイナス影響を懸念する声もある。しかし、脱炭素に貢献するすべてのビジネスで需要創出が期待できると同時に、炭素税による「二重の配当」のメリットがあることに注目したい。第一の配当とは、炭素排出量の多い製品・サービスの価格上昇によって、低炭素型製品・サービスの普及が後押しされ、結果的に炭素のさらなる削減につながるというプラスの循環が見込める点である。そして第二の配当とは、炭素税収を活用して法人・消費・所得税等の減税を進めれば、企業による設備投資の増加や消費活動の活性化につながる点である。こうしたことから、経済成長とカーボンニュートラルに向けた取組み加速の両立は十分可能だと有村教授は語った。

さらに、税収の再配分以外でも経済成長に貢献するメカニズムについて、カーボンプライシング導入は、「炭素」という新しい商品を経済に取り入れることと同義である、と岡崎は指摘する。「社会的に合意された炭素価格があることで、企業にとっては設備投資の意思決定が行いやすくなり、並行して長期的な炭素価格の展望を政府が定めることで、大型設備などの長期投資の促進につながる」と続けた。

企業価値向上への寄与

海外では、再生可能エネルギーの利用が取引の条件になる例や、企業が事業計画において自主的に炭素価格を設定するインターナル・カーボン・プライシングを導入するケースが目立ってきた。背景にあるのは環境・気候変動対策に関する情報開示が、結果的に企業価値の向上につながるとの考え方だ。また、透明性の確保によって、取引の信頼・安心を醸成することで、より深い協業体制の構築も視野に入ってくると考えられ、長期的成長という観点からも企業価値向上に寄与しうる仕組みと言えるだろう。

カーボンクレジットの制度上の違いが日本に与える影響

排出量取引は、余剰クレジットの売却が直接的に収益となることから、脱炭素対策に積極的な企業にとってはメリットが大きいとされる。制度設計の面では、生産量が固定されてしまうといった側面に対してアップデート方式を採用し、生産量が見込みを上回った場合に以後の排出枠積み増しを認め、企業活動の自由度を確保するケースもある。

炭素排出量取引の先駆けとなったのは、2005年に設立され現在も世界最大級のEU-ETS(EU域内排出枠取引制度)で、その後は米国をはじめとする欧米諸国を中心に普及してきた。そして近年、この流れはアジアなどの地域にも広まりつつある。例えば中国は、2013年から国内7つの都市・地域で取引を開始し、2021年からは電力部門を対象として全国に拡大。韓国も2015年に国レベルの排出量取引制度を導入した。日中韓の市場リンク構想も持ち上がっているが、日本においては東京都・埼玉県で都県内の事業者を対象とした制度が運用される一方、国レベルの枠組みは今のところ実現していない。また今年7月、EUが域内輸入品に対し排出枠購入を義務づける仕組み(国境炭素調整措置、CBAM)を提案。カーボンプライシング導入国向けには減免措置を設けるものの、排出量取引制度導入を検討中のインドネシア・ベトナム等ASEAN諸国に現地法人を持つ日本企業に影響が及ぶ可能性がある、と有村教授は指摘した。

カーボンプライシング制度導入の課題と解決策

岡崎によると、カーボンプライシングをめぐる投資家の懸念材料は、排出量価格の乱高下による企業財務への影響である。この点においてEUでは市場安定化リザーブを導入、市場に出回っている余剰の排出権について一定の範囲(排出枠リザーブ)を設定し、市場に流通する排出権の供給量を調整することで価格の安定化を図っている。日本においても、価格の安定化がカーボンプライシング普及のポイントと言えるだろう。また、無償排出枠の利用や激変緩和措置も検討しながら、段階的に進めていくのが望ましい。

日本の排出量取引制度は大企業のみを義務化の対象とする一方、制度対象外の中小企業による削減を大企業が購入できる中小クレジットを導入して、事業規模に関わらず排出削減を促す仕組みとなっている。また、有村教授は、日本固有の状況として「製造業の比重が大きく、エネルギー集約型の産業が強いという特徴がある」としたうえで、こうした業種に対して激変緩和措置の導入や排出枠の無償配分の実施が必要と強調しつつ、日本と同様の経済構造にある韓国の制度が参考になると述べた。

グローバルに脱炭素化を加速させるためには、各国の制度が互いに整合的になることも重要である。岡崎は、TSVCM(自主的炭素市場拡大タスクフォース)によるクレジット市場形成への取組みについて言及し、民間主導での市場拡大が制度設計の標準化に大きく寄与してくるのではないかとの見方を示した。人口減少に伴う内需の先細りが見込まれる日本経済にとっては、外需取り込みの重要なチャンネルとして活用するためにも、国際標準にしっかりと連動した制度設計が必要だと締めくくった。

著者

    有村俊秀 教授

    有村俊秀 教授

    早稲田大学政治経済学術院

    美和 卓

    美和 卓

    野村證券 シニアエコノミスト

    岡崎 康平

    岡崎 康平

    野村證券 シニアエコノミスト