マクロの窓:中国経済「日本化」論の当否

10月13日付レポート「日本経済ウィークリー 経済対策のメニューが徐々に明らかに」より

22年末のいわゆる「ゼロコロナ」政策解除以降の中国経済の回復遅れが持続する下、中国経済の「日本化」懸念が根強い。ここでは「日本化」を、高齢化・人口減少への人口動態の転換や不動産を中心とする資産市場でのバブル崩壊を伴いつつ、経済成長が長期停滞に陥る現象、と仮に定義する。

中国経済の「日本化」は回避可能とする楽観論も少なからず存在する。日本の10倍以上の人口を背景とした潜在的な国内市場規模の大きさ、1人当たり平均所得水準が先進国比で未だ相対的に低位にあることを背景とした潜在的成長余力、人工知能関連での特許取得件数などに象徴される技術開発・革新能力の高さ、などが根拠とされることがある。

ここでは、「日本化」の起源でもある、日本の1980年代後半の資産バブル生成からその崩壊に至った背景を中国と比較しつつ、中国経済「日本化」論の当否を考えてみよう。

日本の資産バブル生成・崩壊とその原因について短い紙幅で論ずるのは無理があるが、「輸出型製造業を中心とした固定資本形成主導の経済を消費主導型経済へ転換していくにあたり、産業構造をサービス化する過程で生じた資産市場の歪み」と捉えることが可能と考える。換言すれば、輸出主導の経済発展過程で蓄積された過剰貯蓄が、内需拡大の名の下、都市開発、リゾート開発などに流入する過程で、主に不動産市場における価格形成の失敗を招いた、という図式である。

同様の視角で中国について論じた場合、輸出型製造業を中心とした固定資本形成主導の経済が生んだ過剰貯蓄流入が資産市場での価格形成の失敗を招来した、という点では類似性が認められる。しかし、「バブル」招来に繋がる不動産需要とその拡大期待の背景には違いもある。先述の通り、日本の80年代後半においては、内需型経済に向けた産業構造の転換要請・期待を背景とした開発加速が起点となっていた可能性があるのに対し、中国においては、農村から都市への永続的な人口移動への期待を背景とした「都市化」需要がその背景になっていたようにみえる。

先に挙げた、中国経済の「日本化」を否定する論拠のうち、1人当たり平均所得水準の相対的な低さは、今後についても都市部での雇用機会獲得を通じた所得拡大意欲を持続させ、都市部不動産に対する需要を底上げし続ける要因となる可能性を有する。一方で、人口動態の転換に伴う農村から都市への人口移動の先細りなどが、そもそも都市部での就労機会の枯渇に繋がりはじめているとすればどうだろうか。足元、中国経済の停滞継続の下で指摘される都市部の(若年)失業率の高さは、「都市化」に支えられてきた都市部での急激な需要成長、特にサービス関連の需要成長に構造的に陰りが生じている兆候とも解釈しうる。

仮に、このような形で、中国経済が「豊かになりきれぬままの日本化」を迎えているとすれば、厄介であろう。日本の「失われた30年」の間には、(その一部はリーマン危機という別のショックが要因であったにせよ)「失われた世代(雇用機会、特に正規雇用などの安定的な雇用機会に恵まれなかった一定の世代)」の発生に代表されるように、少なからぬ社会問題が生じた。しかし、豊かになりきれぬまま中国が日本化を迎え始めているとすれば、そこから生じる社会問題や社会不安のスケール感は、日本のそれとは比肩すべくもないものとなる恐れがありうるからである。

著者

    美和 卓

    美和 卓

    野村證券 経済調査部長