2024年 日本経済と為替・株式市場のマクロ展望

2023年11月28日開催・野村インベストメントフォーラム2023での「野村マクロストラテジー」セッションから、2024年 日本経済と為替・株式市場のマクロ展望について

  • 景気・物価見通し:緩やかな回復が継続、インフレのスピードは低下へ
  • 人口動態、市場からの圧力を構造変化の源泉として、日本経済(とりわけ企業)が目覚める可能性あり
  • 想定外の円安長期化も、2024年には円高転換へ

このプレゼンテーションでは、野村證券・経済調査部チーフエコノミスト 森田京平のほか、市場戦略リサーチ部からチーフ為替ストラテジスト 後藤祐二朗、チーフ・エクイティ・ストラテジスト 池田雄之輔が登壇した。本稿ではその主な論点について振り返る。

問われる「賃金・物価の好循環」

チーフエコノミストの森田は日本経済について、景気は2025年に向けて緩やかな回復継続、ただし2024年後半にかけて景気の鈍化リスクは残ると指摘。また、物価は、2024年に向けて食料価格を主因としたインフレ率の低下を見込むと述べた。

日本のインフレの主役となる食料は輸入品目が多く、外生的な要因が価格に影響を及ぼすことから、「インフレは起きていても、その原因が日本国内にあるとは言えない」(森田)。日銀の目指すところは、単なるインフレの醸成ではなく、インフレの「原因」を日本経済に根付かせることにある。日銀がしばしば強調する「賃金・物価の好循環」は、インフレの原因が日本経済に根付いたかを評価する軸として重視される。

このような好循環を形成するうえで、賃金と物価を結びつける主な経路として4つを想定。このうち2つが賃金→物価の経路、もう2つが物価→賃金の経路である。以下に挙げる経路すべてが同時に働くとき、賃金・物価の好循環の確立が見えてくると野村では推察する。

1)マークアップ:
マークアップとは、追加的なコストの発生に応じて、どの程度、販売単価を上げているかという企業の価格設定行動を反映する。人手不足を背景とする賃金の引き上げ(追加的なコストの発生)に応じて、企業が販売価格を上げると、賃金→物価の経路が太くなる。この経路の確立を評価する材料としては企業収益が挙げられる。

2)支出(需要):
賃金の上昇を背景に、家計が支出(消費)を増やすと、売り手企業は販売価格を引き上げやすくなるであろう。この場合も、賃金→物価の経路が強まる。評価材料としては個人消費が挙げられる。

3)労働分配:
企業が販売価格を引き上げることで企業の所得が増え、それを賃金増という形で労働者に分配すると、物価→賃金という経路が形成される。春闘はこの経路の強弱を左右する。言い換えると、春闘はあくまで、この経路を確認する場であって、賃金・物価の好循環の全体像を規定する材料ではない。

4)実質賃金(消費者の購買力):
人手不足を背景に企業が省力化投資を進め、その結果、労働生産性の伸び率が高まれば、実質賃金(=賃金/物価)の持続的な上昇に向けた活路が開ける。これは一定の物価上昇を所与としたときに、それ以上の賃金(名目賃金)の伸びが起こりうるという意味で、物価→賃金という経路の確立に寄与する。

日銀が目指すインフレ率が持続的・安定的に2%を超えるような経済環境(需要や賃金の伸び)の定着には、1人当たり賃金で3%程度の伸び率が前提条件となろう。しかし、毎月勤労統計に見る「1人当たり賃金の伸び率は足元で前年比1%前後と、「十分な水準には至っていない」(森田)。

こうした状況分析に基づき、野村の金融政策シナリオでは、YCC(長短金利操作)の撤廃を24年4-6月期(4月を有力視)、マイナス付利の撤廃を24年7-9月期以降(同年7-9月期を有力視)と見込んでいる。

注)上記シナリオは11月28日のプレゼンテーション時点。12月8日の最新レポートで、野村は金融政策の見通しの変更を発表。マイナス金利解除の時期を24年1月に前倒し、YCC撤廃時期は4-6月期(4月を有力視)で据え置いた。見通し修正の3つの背景として(1)次回24年春闘賃上げ率について「賃金と物価の好循環」の実現確度を上げるようなニュースが複数見られたこと、(2)氷見野日銀副総裁による挨拶(12月6日付)が金融政策のメリットを周知するものであったこと、(3)植田日銀総裁が金融政策の運営に関して「年末から来年にかけて一段とチャレンジングになる」と国会で答弁し、金融市場でマイナス金利解除に向けた思惑が高まっていること、を挙げている。

30年の眠りからの覚醒する日本経済

野村では、日本経済とりわけ企業が眠りから目覚め、「失われた30年」からの脱却を図る局面が迫ったと考えている。人口動態(少子高齢化、人口減少)と市場からの圧力を構造変化の源流から派生する形で、今、5つの目覚まし時計が日本で共鳴している。

まず人口動態に端を発する目覚まし時計として、(1)2021年以降の15歳以上人口の急減、(2)女性、高齢者を中心とする新たな労働供給余地の低下、(3)事業承継のプレッシャー拡大が挙げられ、労働移動(労働市場の流動性向上)を通じた労働力の再配分の促進が期待できる。15歳以上人口の急減と、女性・高齢者による新たな労働供給余地の低下を踏まえると、企業による雇用増は必然的に他社からの労働移動を伴いやすくなる。これによって、労働力の「適材適所」の配分が促され、労働生産性の上昇と賃金(実質賃金)の長期的な上昇への道が切り開かれる余地が生まれる。しかも、労働市場の流動性が高まれば、企業のビジネス変革スピードの向上にも資するだろう。

また、市場圧力に根差す目覚まし時計として、(4)PBR(株価純資産倍率)<1倍の企業に対する東京証券取引所による改善策の要請、(5)新しいNISAの導入や持ち合いの解消を通じた企業のモニタリング主体(投資家層)の拡大を指摘できよう。資本ストックの観点から、少子・高齢化対応を動機とする省力化投資の中長期的な増大、および市場からの圧力に促された資本ストックのより効率的な利用が期待される。なお事業承継は、労働力、資本ストック、土地の既存利用からの解放と再配分を促すきっかけとなりうる。

24年は円高転換へ

2023年の円相場は、2022年に続いて対主要通貨で弱さが目立った。ドル円相場では、春先から夏場にかけて円安ドル高が加速、2022年同様に秋口に高値更新夏から秋口にかけて円安が加速した。

一見して、値動きの傾向に全く変化がない円安ドル高だが、22年と23年で「重要な相違点があることに注目したい」とチーフ為替ストラテジストの後藤祐二朗は述べ、貿易赤字縮小と訪日外国人客回復による日本の経常収支の黒字化と日銀政策修正への警戒感に起因した円安圧力の低下を指摘した。また、ボラティリティ低下時に円安が進展した23年について、円安ドル高の主因は米国景気の予想外の堅調さとキャリー目的での円売りと解説した。

想定外に円安が長期化した2023年だが、日本発の円安圧力(需給悪化・日銀緩和)は既にピークアウト済みしており、日銀の金融政策正常化に向けたプロセスや、24年下期に見込まれる米景気失速を主な材料に、2024年のドル円相場では円高方向の調整が進む可能性が高いと野村では見ている。ただし、日銀のマイナス金利解除の時期が想定外に早まる場合や、米経済ハードランディングシナリオへの警戒感が高まる局面で、円高急加速のリスクが浮上する点には注意が必要となろう。

利益率改善を背景に増益・株高局面が続く

日本経済のデフレ脱却への期待感、日本企業によるコーポレートガバナンス改革を背景に、2023年の日本株市場は株高局面が続いて堅調に推移した。2024年もこの強さは「基本的に延長されると見ている」とチーフ・エクイティ・ストラテジストの池田雄之輔は述べた。

輸入物価がピークアウト後に国内企業物価が上昇を続ける異例の「ワニの口」現象の出現は、「企業の価格設定に対する向き合い方の変化を示唆している」(池田)。コロナ感染症拡大とウクライナ情勢という二つの危機を経て、企業側の値上げへの抵抗感が低下する一方で、23年春闘の賃上げで物価高を許容する消費者マインドが広がりつつあることが、値上げカルチャー定着へとつながっていると言えよう。

日本株の底堅さを評価するポイントとして、東証の要請を契機に持ち合い解消売りが加速、コーポレートガバナンス改善が進んでいることも挙げておきたい。

著者

    森田 京平

    森田 京平

    チーフエコノミスト

    後藤 祐二朗

    後藤 祐二朗

    チーフ為替ストラテジスト

    池田 雄之輔

    池田 雄之輔

    チーフ・エクイティ・ストラテジスト