米国スペシャルレポート:実質中立金利の推定を考える

実質中立金利のモデル推計は不確実性を伴うが、利上げが進む中でも米国経済が底堅く推移していることは推計の上方修正につながり得る

連邦準備制度理事会(FRB)による利上げ局面が終わりに近づく中、実質中立金利(景気やインフレを加速も減速もさせない金利水準、自然利子率(Rスター)ともいう)に関する議論が活発化している。

実質中立金利に関する理論的権威であるニューヨーク連銀のウィリアムズ総裁は先日、その推計値が低水準であるとの見解を改めて示した。同総裁はニューヨーク・タイムズ紙とのインタビューで、人口動態や脱工業化など、長期的トレンドが数十年にわたる実質中立金利低下の原因であり、こうした根深い構造的トレンドは引き続き進行しているため、中立金利が低水準にとどまっていると想定することが合理的との考えを示した。さらに、モデル・ベースの推計値にも触れ、こうしたモデルは実質中立金利がコロナ禍前に近い水準にとどまっていることを引き続き示唆していると指摘した。

しかし、実質中立金利はなお低水準にあるとのウィリアムズ総裁の確信的見解を他のFRB高官が支持している可能性は低いと我々は考えている。ほとんどのFRB高官は実質中立金利に関する自らの見解を明らかにしていないが、6月の連邦公開市場委員会(FOMC)会合で示された参加者予想の政策金利見通し(ドット・チャート)では、複数の参加者が政策金利の長期予想を引き上げた。また、パウエルFRB議長も6月に行われた半期金融政策報告議会証言で、実質中立金利が上昇している可能性を排除しない姿勢をみせた。

ウィリアムズ総裁の見解が最終的に正しいと証明される可能性はあるが、現時点でこれを正当化することは難しい。実質中立金利のリアルタイムでの推計値には多大な不確実性がある。ほとんどのモデルは、実質中立金利は平滑で、緩慢にしか変化しないとの前提に立っている。そのため、こうしたモデルは、実質中立金利を巡って突如として構造的な変化が生じたかどうかを検証する適切なツールとならない。一方、実質中立金利が構造的に低水準にあると考える理由は好意的に評価しても難解であり、野村では上方リスクがあるとみている。

実質中立金利を巡る不確実性は政策に直接的な影響を及ぼす。具体的には、ソフト・ランディング・シナリオで見込まれる「保険的」な利下げのペースは、金融政策がどの程度、景気抑制的かに関するFRBの判断に左右されることになる。短期的にみると、この点は9月のFOMC会合で更新されるドット・チャートにおいて、2024~25年に見込まれる利下げペースの鈍化という形で現れることになろう。野村は景気後退を予想しており、これが来年、7回の利下げが行われるとの予想の支えとなっているが、景気後退が回避された場合、実質中立金利を巡る不確実性が一段と高まることもあり、利下げペースは大幅に低下する可能性が高い。

また、FOMC参加者の政策金利の長期予想(経済が定常状態にあるときの政策金利の水準と解釈できる)が引き上げられるリスクも高いとみている。モデルや構造的要因に注目が集まるものの、実質中立金利の推計値の変化は足元の経済指標が予想外の結果となったことに対する反応として起こるケースが多い。このところの事前予想と実際に発表された経済データとのかい離は(物価や成長の予想下振れを受けて、FOMC参加者の政策金利の長期予想が持続的に下方修正されていた)2012~19年ほど一貫したものにはなっていないが、かい離の程度は当時とさほど変わらない。経済活動とインフレに関する経済指標の上振れが続けば、多くのFOMC参加者が自らの政策金利の長期予想を引き上げることになろう。

『米国スペシャルレポート:実質中立金利の推定を考える』2023/8/29より

著者

    雨宮 愛知

    雨宮 愛知

    米国 エコノミスト

    Jeremy Schwartz

    Jeremy Schwartz

    Senior US Economist